んああ.

ふら_お

ガルラジと声優オタクの話

はじめに

この記事は、2019年夏のコミケ本渡楓さんのファンブックに寄稿した、本渡楓さんのファン向けのガルラジ紹介文をほぼそのまま載せたものです。
チーム岡崎2-4で桜泉真維さんがガルラジブログ行為を推奨していたので、せっかくだし盛り上げたれということでブログで公開する次第。

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本文

『ガールズ ラジオ デイズ』とは

 2019年はガルラジ!!!!(挨拶)

 皆さんは『ガールズ ラジオ デイズ』(以下ガルラジ)という作品をご存知でしょうか?この本を読んでいる方の中には、ガルラジをご存じない方も少なからずいるのではないかと思います。まず、ガルラジの概要を公式サイトから引用してみます。

「ガールズ ラジオ デイズ」(ガルラジ)は、
地方で暮らすごく普通の女の子たちが、ふとしたきっかけでラジオ番組を自主運営することになる——。
そんな彼女たちの日常と番組制作に悪戦苦闘する姿を描いた青春物語です。

 上記の概要や作品のタイトルからもわかるように、ガルラジを一言で説明すると、「ガールズが・ラジオする・デイズ」を描いた物語ということになります。14人のラジオ女子たち(くすぐったい呼び方ですが、公式呼称です)が5つのチームに分かれてラジオを放送しており、また、企画にNEXCO中日本が関わっているため、それらのラジオは実在する高速道路のサービスエリアに構えられたスタジオから放送されている、ということになっています。つまるところ高速道路のサービスエリアが聖地です。
 5つのチームは、愛知県のNEOPASA岡崎を拠点とするチーム岡崎、静岡県EXPASA富士川を拠点とするチーム富士川山梨県の双葉SAを拠点とするチーム双葉、石川県の徳光PAを拠点とするチーム徳光、三重県EXPASA御在所を拠点とするチーム御在所。拠点は全国各所に散らばっており、各ラジオ番組も地方の色が出る場面が多いです。 
 本渡楓さんの演じる二兎春花は、チーム岡崎に所属しています。チーム岡崎は、ガルラジ5チームの中で一応主人公的なポジションにあたるチームです。同じ学校の同じ放送部に所属している仲良し3人組によって構成されたチームで、ラジオ番組「こちら、オカジョ放送部」を中心として展開される物語は、5チームの中でも特に青春の色が濃く出ているのが大きな特徴です。

 ガルラジは、2018年の12月から2019年の3月にかけて5チームが各6回のラジオ生放送を行ったファーストシーズンの後に、空白期間を経て7月からセカンドシーズンが始まっており、今も絶賛放送中です。チーム岡崎の次の放送は8月19日。セカンドシーズンはまだ前半戦。夏休みのうちに余裕で追いつけますし、今追いつけばセカンドシーズンの残りをリアルタイムで楽しむことができるようになります。
 繰り返しますが、2019年はガルラジ!です。詳しい理由は後述しますが、2019年にリアルタイムでガルラジを追いかけることは、2019年の、そして今後の皆さんのオタク人生をほんのりと色鮮やかなものにしてくれることでしょう。皆さんがガルラジを楽しめる側に立てることを祈っております。

「リアルでありリアルでない、物語であり物語でない。」

 そんなガルラジという作品の魅力……と言っても、ガルラジの魅力を挙げ始めると、蜘蛛の巣のように張り巡らされた女女の関係性とか、現地探訪による作品世界への理解度の深まりの異常さとか、裏の最強キャラクターであるところのNEXCO中日本の藤田ゆきのさんの存在とか、たくさんあるにはあるのですが、、、中でもオタクを狂わせ「2019年はガルラジ!」と叫ばせしめる最大の魅力は、現実世界と虚構世界との融和にあると思います。本項の小見出しは公式サイトにあった文言をそのまま引っ張ってきたものなのですが、このどっちつかずの表現が言い得て妙で、ガルラジという作品で起こっていることがリアルなのかリアルでないのか、ガルラジに夢中になるうちにだんだんと曖昧になっていきます。オタクはガルラジにいとも簡単に狂わされます。ガルラジは人を灼く作品です。

 我々の世界とガルラジ世界との融和は大きく2つの要素によって引き起こされます。ひとつは作品のリアルタイム性、もうひとつはガルラジという作品の特殊な形態です。

 ガルラジのリアルタイム性についてですが、ガルラジの世界と我々の世界は時間軸を共有しており、同じように時間が進んでいます。現実世界の我々が2019年を迎えればラジオ女子たちも同じように2019年を迎え、我々の世界で元号が変われば彼女たちも同様に令和を迎えます。ガルラジに登場するキャラクターは、ファーストシーズン開始時点で12~23歳の少女で、それぞれに年齢相応の感情を抱えており、彼女たちの年齢において十分に長い3ヶ月という期間で、成長、変化を遂げていました。我々リスナーは、ガールズラジオを通して、彼女たちの成長を、同じ時間軸で見届けることができました。
 また、ファーストシーズンが放送されていた頃は、ガルラジの公式アプリ内で、ほぼ毎日更新されるtwitterのような「つぶやき」が発信されていました。日常の何気ない出来事や、隔週のガールズラジオに向けて日々番組を準備する様子が綴られるつぶやきは、ガルラジ世界との時間軸の共有を強く意識させる役割を担っていました。

 次に、ガルラジという作品の形態の特殊性です。
 この世に存在している、アニメなどを含む大多数のフィクション作品は、作品世界で起こる出来事を第三者の目線で観測して楽しむことを前提とします。我々という存在は作品世界の中には存在していません。
 対して、ガルラジという作品では、作品世界の現象を、当事者として直接観測することができます。先ほどつぶやきの話をしましたが、ガルラジの最も主要なコンテンツは、言うまでもなくガールズによるラジオです。我々と同じ時間軸を共有するラジオ女子たちによってサービスエリアのブースから発信されている生放送ラジオは、ガルラジ世界にお送りされているものであると同時に、そのまま我々の世界に届いているとみなしても問題ありません。つまり、ガルラジ世界に存在している虚構リスナーと、現実世界でガルラジという作品を通してガールズラジオを楽しむ我々との間に、リスナーとしての質の差は実質存在せず、我々が作品世界のラジオを二人称的に、作品世界から直接受け取っていると言うことができます。この二人称的な形態により、我々の世界とガルラジ世界との境界の認識が曖昧になっていくのです。

 さて、同じ時間軸の中で、ガールズラジオを通してラジオ女子と2019年の時間を共有し、ガルラジ世界と融和した我々には今後どんな世界が見えてくるでしょうか。我々の人生と同じように、ラジオ女子たちの人生ももちろん、2019年のガルラジという作品の提供が終わっても続いていきます。チーム岡崎はセカンドシーズン時点で高校3年生。今は毎日同じ学校に通う仲良し3人組ですが、毎日一緒にいられる時間は、当然永遠に続くわけではありません。セカンドシーズンの直前に公式から投下された、空白の4ヶ月間のあらすじには、長くない残りの時間を意識して涙する3人、という重い情景がメモ帳3枚スクショのような形でサラッと投下されました。ガルラジという作品の中で直接描かれ、我々が見届けることができると思われるのは、せいぜい彼女たちの進路選択の顛末まででしょう。しかし、ガルラジ世界との時間軸の共有や世界の境界の融和の体験によって、彼女たちのその先の人生に対する想像力が生まれます。例えば2年後、高校卒業を機に別々の進路を選択することになってしまったチーム岡崎の3人が地元岡崎の成人式で再会し、昔話に花を咲かせるかもしれません。あるいは10年後、二兎春花がチーム岡崎として過ごした高校時代のことをふと思い出し、2人に連絡をとるかもしれません。このような想像を楽しむことができるようになります。我々も同じです。オタク人生の中で、2019年に夢中になったガルラジという作品と、そこにいたラジオ女子たちのことを思い出す体験は、きっと素敵なものになることと思います。
 そのための「仕込み」ができるのは、ガールズラジオを通して作品世界との融和を図ることのできる今だけです。ゆえに、2019年はガルラジ!なのです。

声優オタクが至るガルラジの限界

 声優島の本なので声優オタクと絡めたことも書いておきましょう。
 前項で述べたように、ガルラジを追うことの魅力は、自分のいる世界とガルラジ世界との境界があやふやになっていく体験です。
 ガルラジでは、作中で放送されているラジオ宛に、現実世界からメールを送ることができます。ラジオ中で読まれているメールは、おそらく作家さんによる作り物の台本的なメールが大多数を占めていますが、一部で現実のリスナーからのメールが採用されることもあります。基本的に、ラジオ女子から見ると、作家さんによる台本的なメールと我々が送るメールとを区別する術はありません。したがって、運良く番組中で自分のメールが採用され、ガルラジのキャラにメールを読んでもらうことができれば、それもまた現実世界のリスナーである自分自身と台本に綴られている作品世界の虚構リスナーとの境界を融かす体験になります。ガールズラジオの聴取による世界認識の崩壊はあくまで受動的な体験でしたが、メールを送ることは我々による作品世界への能動的な侵入です。
 セカンドシーズンのチーム岡崎の番組にはやばいコーナーがあって、高3になった二兎春花の進路をリスナーのみんなで考えよう、というものです。二兎春花は現時点でガチで進路に悩んでいるようなので、このコーナーの進む先を素直に想像すると、我々の送るメールが虚構のキャラクターの二兎春花の進路、二兎春花の人生に重大な影響を及ぼし得るわけです。このコーナーで起こっていることは極端ですが、ともかくガルラジにメールを送ることは、作品世界への侵入であり、ただ聴いているだけの状態よりもさらに現実と虚構との融和を加速させます。

 一方で、声優オタクという生き物の、ガルラジとの関係性における限界がここに潜んでいます。
 声優オタクの最大の枷、それは声優さん個人とオタク個人との関係を普段から育もうとしてしまうところにあります。声優オタクは、声優さん個人を軸にして応援の行動を起こすことで、声優さんから「自分を応援してくれる」ひとりのファンとして認識されていきます。「認知」と呼ばれるこの状態は、多くの声優オタクが生きながらえるための餌になっています。環境にも依るところはありますが、ある程度腰を据えて声優さんを応援し、それなりの行動を起こしていれば、このような認知はどうしても起こってしまいます。
 普段から声優さんを応援している人格としてのハンドルネームを使ってガルラジにメールを送り、仮にその声優が演じているキャラに名前を呼ばれたとします。この時に発生するのは、”ガルラジのリスナー”と”ガルラジのパーソナリティ”の関係性でのやり取りでしょうか?我々は作品世界への侵入を果たせているのでしょうか?答えは否だと思っていて、二兎春花というキャラクターには台本のメールと現実世界からのメールを区別することはできないけれど、本渡楓には、二兎春花と関係ない自分自身の知識のリソースを使うことで、それらを見分けられる可能性があるのです。声優さんから、「自分を」追っている人間であると認識されており、それを双方で意識してしまっている時点で、我々はガルラジリスナーとしてのガルラジ世界への侵入を果たすことが不可能となってしまっているのです。
 また、メールによる能動的な侵入を避けていても、作品世界との融和を邪魔する現象は起こります。ガルラジのファーストシーズン後半では、各チームで徐々に現実のオタクからのメールが読まれ始めました。このように「現実のオタクからのメールが読まれ始めました。」と気付いてしまうところが声優オタクの決定的な弱さです。普段から声優さんを追いかけていると、同じように声優さんを追いかける他の人間の名前も、だんだんと脳に刷り込まれていきます。当然、ガルラジ内で普段ほかの場所でも聞く名前から送られてきたメールが採用されていれば、その名前からは声優オタクの人格が想起されてしまいます。ガルラジでそのような声優オタクのメールが読まれているときに見えてくるものは何か。そこに見えるのも、ラジオ女子とガルラジリスナーとのやりとりではなく、声優さんと声優オタクとの関係性です。声優オタクからのメールの存在に気付く瞬間は、すなわちガルラジがただの声優ラジオコンテンツに堕する瞬間です。

 この本を読んでいるあなたはきっと本渡楓さん個人か、もしくは他の声優さん個人のことが気になっている、声優オタクだと思います。声優オタクの皆さんに僕から言えること、それは、作品世界から得られる幸福を最大化するために、いますぐ声優オタク行動をやめるべきであるということです。少なくとも声優個人を軸として追いかけている、という認識を声優さん本人と共有することを、なるべく避けるようにして行動すべきです。虚構コンテンツへの最大限の没入のために重要なのは、声優さんとの対人間関係性の排除です。

 この記事が皆さんの声優オタク行為を見つめなおすひとつのきっかけになれば幸いです。


おわりに

9月10日現在、はっきり言って全チーム面白いんですが、特にチーム徳光がドラマとしてぶっちぎりで面白いフェイズに入っています。
ガルラジ聴いてね。
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